大聖堂
この作品を読むと、小説の価値は誰かの意見ではなく、小説を読んで自分が感じることが全てではないかと思ってしまう。
なのでこんな記事なんて、やっぱりチラ裏だよなーとも思ってしまいますが、それでも取り上げられずにはいられない作品です。
カーヴァーに関しては村上春樹訳でいくつもの作品が刊行されていますが、
海外で有名なのは「愛について~」みたいですね。
もちろん「愛について~」も素晴らしい作品です。
なんで「愛について~」が有名なのかなーと考えてみると、こちらの作品はミニマリズムの代表作として捉えられていてそれで有名なのかなーと考えています。
「ダンスしないか?」とか「出かけるって」とか「足元に」とか「深刻な話」とか、シンプルな文体とわずか数ページを使って、文章の裏側で起こっている出来事を強く想起させるような作品が多々あり、外側から見ると凄くミニマルだなーと思います。
(カーヴァー自身が自身の作品をミニマリズムととらえられることについてどう思っていたのか不明なので、あくまで外側からの見解です。)
それに比べると大聖堂は「愛について~」よりも一篇、一篇がかっしりとしている印象です。
ミニマリズムというよりも、普通の短編小説にかなり近い印象です。
(それでもやっぱりカーヴァーっぽいなーと感じはしますが)
それでこの中で一番好きな作品は何と言われれば、やっぱり私は大聖堂。
他にも名作はいくつもありますが、大聖堂がぐっと私の中でこの作品の価値を押し上げています。
この作品、話の展開がすごく好きです。
話の起こりから、終局までの流れは素晴らしいものだと思います。
ここまで綺麗な流れの短編小説も中々ないです。
でも、私がこの作品で一番気に入っているのは、その流れの展開を支える仕掛けかなと。
詳しい仕掛けはここでは取り上げませんが、
その仕掛けの中心にあるのは想像力、もしくは相手の立場で想像することだと思っています。
その想像するまでの流れが頭の中に線を思い浮かび、線をつなげ、一つの形をつくるというのが、小説的で、むしろ小説そのものではないかなと思います。
その終局まで着く流れと、その根底にある想像と理解のテーマがとても好きな作品です。
2016年2月14日日曜日
2015年10月25日日曜日
さよならコロンバス - フィリップ・ロス
さよならコロンバス - フィリップ・ロス
再読する小説は結構少ないです。
好きな作品だとしても、もう一度手に取り読むことが割とありません。
再読するかどうかは人によって、本の読み方によって変わってくると思いますが、
私みたいにザーッと読んでしまうタイプだとあまり再読はしないかもしれません。
そんな感じであまり再読しない私が何度か読んでしまったのがこれ、さよならコロンバスです。
ざっとあらすじを一行で言えば、ひと夏の恋物語です。(わー簡潔)
貧しいユダヤ人の家系の青年が恋するユダヤ系の裕福な家系の女の子との物語です。
シンプルに言えば、それだけの話です。
その中で、ユダヤ系の貧しい家系に生きる主人公の劣等感やら、
淡い恋愛感情やら、若い青年が快楽を求めるような様が丁寧に描かれています。
正直言って、主人公に感情移入するようなタイプの小説ではありません。
個人的に共感する部分も少ない小説でした。
でも不思議と再読してしまいました。
なんでかなーって考えてみると、この小説で描かれた世界がすごく好きだったのかなーっと。
冒頭の真夏のプールサイドでの女の子の出会いのシーンから、
最後の冬が近づいた別れのシーンまで、文体も描かれる世界も好きだったんだなと再読しながら思いました。
私はあまり文章に惹かれて小説を読むタイプではありませんが、
これは文章に惹かれて読んでしまいました。
訳本なので生のままで作者の文章を読んでいるわけではありませんが、それでもよかったです。
佐伯 彰一氏の訳もすごくよかったのかなーと思った次第です。
再読する小説は結構少ないです。
好きな作品だとしても、もう一度手に取り読むことが割とありません。
再読するかどうかは人によって、本の読み方によって変わってくると思いますが、
私みたいにザーッと読んでしまうタイプだとあまり再読はしないかもしれません。
そんな感じであまり再読しない私が何度か読んでしまったのがこれ、さよならコロンバスです。
ざっとあらすじを一行で言えば、ひと夏の恋物語です。(わー簡潔)
貧しいユダヤ人の家系の青年が恋するユダヤ系の裕福な家系の女の子との物語です。
シンプルに言えば、それだけの話です。
その中で、ユダヤ系の貧しい家系に生きる主人公の劣等感やら、
淡い恋愛感情やら、若い青年が快楽を求めるような様が丁寧に描かれています。
正直言って、主人公に感情移入するようなタイプの小説ではありません。
個人的に共感する部分も少ない小説でした。
でも不思議と再読してしまいました。
なんでかなーって考えてみると、この小説で描かれた世界がすごく好きだったのかなーっと。
冒頭の真夏のプールサイドでの女の子の出会いのシーンから、
最後の冬が近づいた別れのシーンまで、文体も描かれる世界も好きだったんだなと再読しながら思いました。
私はあまり文章に惹かれて小説を読むタイプではありませんが、
これは文章に惹かれて読んでしまいました。
訳本なので生のままで作者の文章を読んでいるわけではありませんが、それでもよかったです。
佐伯 彰一氏の訳もすごくよかったのかなーと思った次第です。
2015年9月20日日曜日
本当の戦争の話をしよう - ティム・オブライエン
本当の戦争の話をしよう - ティム・オブライエン
村上春樹訳のティム・オブライエン。
村上氏以外の訳本では「カチアートを追跡して」とか「失踪」とかが面白いです。
この本は訳者(訳も好きです)を別としても、小説としてもすごく面白いです。
やっぱりティム・オブライエンの本としては一番好きな本です。
作者はベトナム戦争での従軍経験があります。
いくつもの小説を通して、自身のベトナム戦争での体験を消化しようとしています。
この本ではベトナム戦争の体験が一つの形として完成されます。
戦争行為の自体の成否を問うことに力点が置かれている本ではありません。
また戦争に対する何らかの政治的思想を表明する本でもないと認識しています。
この本では一人の若者が見た戦争を多角的な角度で表現しようと試みています。
それは戦場での臨場感溢れる体験もそうですが、戦争に行く前のことも、本国に残った人々のことも、ベトコンの兵士のことも、士官のことも、兵卒のことも、昔の亡くなった友達のこともいろいろな人がベトナム戦争を通して、書かれています。
そこには絶対的なイデオロギーや判断基準はありません。
連作短編の形式を取り、多角的な視点でベトナム戦争を描いているだけです。
でも、どんな作品よりもこの作品が訴えるある力を強く感じます。
何をそこまでこの作品は訴えるのだろう、何にそこまで惹かれるのだろうと考えると、この作品の根底には強い命への敬意のようなものが流れていることが感じられます。戦争という最も命の価値が落ちる状況でも、作者が抱いた命や人間に対して思う敬意が強く出てきます。
それはラストシーンでの、一見ベトナム戦争に関係しないシーンで最も強く現れます。
それと同時に戦争行為に対する思いも、出ているように思えます。
ベトナム戦争に関する作品は多くあります。
映画や小説問わずして多くの名作が世に出ています。
その数多くの名作の中でも、埋もれることなくこの本は輝いています。
なんだか自動翻訳みたいな文章になってしまったー。
村上春樹訳のティム・オブライエン。
村上氏以外の訳本では「カチアートを追跡して」とか「失踪」とかが面白いです。
この本は訳者(訳も好きです)を別としても、小説としてもすごく面白いです。
やっぱりティム・オブライエンの本としては一番好きな本です。
作者はベトナム戦争での従軍経験があります。
いくつもの小説を通して、自身のベトナム戦争での体験を消化しようとしています。
この本ではベトナム戦争の体験が一つの形として完成されます。
戦争行為の自体の成否を問うことに力点が置かれている本ではありません。
また戦争に対する何らかの政治的思想を表明する本でもないと認識しています。
この本では一人の若者が見た戦争を多角的な角度で表現しようと試みています。
それは戦場での臨場感溢れる体験もそうですが、戦争に行く前のことも、本国に残った人々のことも、ベトコンの兵士のことも、士官のことも、兵卒のことも、昔の亡くなった友達のこともいろいろな人がベトナム戦争を通して、書かれています。
そこには絶対的なイデオロギーや判断基準はありません。
連作短編の形式を取り、多角的な視点でベトナム戦争を描いているだけです。
でも、どんな作品よりもこの作品が訴えるある力を強く感じます。
何をそこまでこの作品は訴えるのだろう、何にそこまで惹かれるのだろうと考えると、この作品の根底には強い命への敬意のようなものが流れていることが感じられます。戦争という最も命の価値が落ちる状況でも、作者が抱いた命や人間に対して思う敬意が強く出てきます。
それはラストシーンでの、一見ベトナム戦争に関係しないシーンで最も強く現れます。
それと同時に戦争行為に対する思いも、出ているように思えます。
ベトナム戦争に関する作品は多くあります。
映画や小説問わずして多くの名作が世に出ています。
その数多くの名作の中でも、埋もれることなくこの本は輝いています。
なんだか自動翻訳みたいな文章になってしまったー。
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